09月 « 2017年10月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  » 11月

この国の原子力行政

2011年 03月28日 20:27 (月)

 さて、このような事故が起こると、この国の原子力行政がどの程度のものか見えてくる。責任逃れのように聞こえるので、あまり言いたくはないが、まず、原子力行政関連の法律は国が所管している。つまりは、国が原子力行政をほぼ一元的に管理(支配?)している。

 そして、各都道府県には放射線を監視するための装置が文部科学省(旧科学技術庁の流れ)によって導入され、すべてその指示の元に各種測定が行われている。都道府県は3つにランク分けされている。原子力発電所の立地県(道)とそれに隣接する府県およびその他の都府県である。その他の都府県は私の認識が間違っていなければ、東京、大阪、大分そして沖縄である。

 そしてそのランクにより、設備に差がついている。実際には原子力発電所立地県とその他の2ランクといってもいいかもしれない。立地県は大規模な放射線監視施設(テレメーター)があり、ほぼリアルタイムで放射線量を監視(施設周辺が大多数だが)、公開できるシステムを持つ他、分析機器やそれに携わる人的資源も充実している。例えば、関東では茨城県が該当する。

 それに対して、その他の都府県、特に田舎は極めて貧弱であり、原子力関係の専任者などいない状況である。東京や大阪のような大きな自治体では、独自の設備や人材を整えているかも知れない。

 これほど差があるのは何故か。私が想像するに、そもそも原発の大事故など起こらず、せいぜい周辺に少し放射性物質が漏れ出る(これを彼らは事象と呼ぶらしい)程度しか(国が)想定していないからである。つまりは、「施設の周辺、ごく狭い範囲で放射性物質を確認。だが、少し離れれば影響はない。」こんなシナリオが描かれているのだろう。つまり、隣接県の役割とは、放射性物質がないことを確認することである。大事故になれば、立地県と隣接県などという区別は無意味であることは明白である。

 したがって、今回のようなチェルノブイリ級あるいはそれ以上とも言える(事故当初は、スリーマイル島の事故より小さいなどと、寝言を言っていた気がする)事故には全く対応できないわけだ。だから情報が非常に混乱しているのだろう。巷では情報操作の噂が叫ばれているが、それ以前の問題ではないか(そちらの方がより深刻)と危惧する。

 このような状況であるから、地方独自で野菜や水の検査をといくら要望があっても物理的にできない。しかも普段は放射能測定などほとんど需要がないから、民間会社では経営が成り立たない。したがって、実際は公的機関あるいはそれに準じる組織でしか分析はできないのである。これが、検査結果がなかなか出てこない理由である。公的機関にしても、原子力を専門とする機関以外は、通常はそれほど検査の必要性がないため、国から配備された以外の放射線分析機器など、予算がつくはずがない。国が「起こらない」としていた原子力発電所の大事故に備えて、数億円規模の設備とそれを運営するスタッフを整えることを厭わない首長がどのくらいいるだろう?一般住民からもそんな声は上がらない(あるいは少数でかき消されてしまう)。

 今でこそフル回転となっている放射線の分析であるが、これが「仕分け」対象になっていたことをご存知だろうか?各県に放射線の測定など必要がない、無駄であると言われていたのがついこの前のことである。結果的には仕分けを逃れたわけだが、何が無駄なのかよく分かっていない人たちのパフォーマンスとそれに拍手喝采したマスコミそして、我々も多いに反省するところがありそうだ。何も無いときには安全にお金をかけることは無駄に見えるものだ。

 もっとも、お金だけで済む話であれば、普段はお金をかけずに有事の際には莫大な支出をしても構わないという計算(覚悟)がされていれば、そうした選択肢もあり得そうだ。同列に語ると語弊があるが、考え方の基本は自動車の任意保険に入るか入らないかの選択に似ている。しかし実際は、国民の命に関わることだから、そうもいかない(車両保険は入らないけど、人身事故への保険は入るというような感覚か)。

 まあ、民主党を擁護することになってしまうが、この程度の原子力行政を強力に推進させたのは自民党政権であったことを忘れてはならない(そういった意味で、谷垣総裁の態度は承服しかねる)。政治の話は荒れるのでこれ以上言わないけれど、こうした非常に脆い基礎の上に我々の生活は依存していたというわけだ。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント