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基準値の××倍

2011.04.02(20:38) 1226

 この表現も飽きるほどメディアで目に(耳に)したと思う。余談だが、水道水の場合は基準値ではなく指標値らしい。一般の人には言葉の問題だけでどっちでも良い話ではある(なので、以下は基準値と記述する)。この表現はマスコミが好んで使う言葉で、一般の人に対しセンセーショナルであるため、売れ行きが良くなるからでは?と勘ぐりたくなるほど使いたがる。実際に私も何度も「基準の××倍ですよね。」という取材を受けた。

 まあ、よりどころはそれしかないし、表面的にはわかりやすい表現だからやむを得ない面もある。しかしながら、放射性物質のような発がんリスクと関わる物質については必ずしもこの表現は適切ではない(意味がない)。


 まず、一般的な基準値の決め方であるが、これには当然のことながらかなりのマージンが含まれている。まずここをしっかりと理解する必要がある。このマージンは個人差そしてある程度の安全率を加味している。個人差とは老若男女や想定範囲内の持病を持っている人など、最も弱い(と思われる人)を基準にしているし、安全率は今回の例のように検査結果が出て、回収するまでに口にしてしまっても問題ないようにと考えられている。基準値とはあくまで超過が判明し、それが継続的にならないように配慮された数値と考えた方がいい。

 しかしながら、多くの人は基準値越え=即危険と考えてしまう(無理もないけど)。もう少しよく考えてみると、そんな危うい基準値はその用を為さないことが明白だろう。こうした背景を知れば、「基準値を超えていても、直ちに影響はない」という表現が理解できるだろう。もっとも、いきなり基準値の1000倍もの値になれば、そのマージンの想定外となってしまうが、今回の事故では空気中の線量率や、降下物量など種々のデータを組み合わせればその辺はある程度予想できるから、そうした事態になるケースはほとんどない(ゼロではない)。

 そして発がんリスク。ある物質が人の健康に悪影響を及ぼすとき、「閾値」のある場合とない場合がある。閾値は専門用語だからこの際無視してもらって、つまりは「ある一定濃度以下なら、全く問題がない」場合と「どんなに少しでも影響がある」場合と理解してくれればよい。前者が閾値あり、後者は閾値なしと言われている。

 放射性があるか否かに関わりなく、発がんリスクの上昇に関与する物質の多くはおそらく閾値なしと思われる。したがって、不必要な放射線に被曝するのは体には良くないことは確かであろう。それでも健康診断でレントゲン写真を撮るのは、それによるメリットの方が遙かに大きいからだ(前回のリスクとベネフィットの関係)。基準値の××倍の放射能のある野菜をどれだけ食べるとどのくらい発がんのリスクが上がるのか、そこが重要である。マスコミは選挙演説みたいに基準の何倍を連呼しないで、専門家にそうした実のある情報を発信させるようにしてもらいたいものだ。そうすれば、聞く方も(気持ちはわかるけど)「どのくらいまでなら大丈夫なんですか?」という愚問を発することはなくなるだろう(どのくらいのリスクを受け入れるかはその人個人が判断することである)。

 食品に関してはときたま基準値越えの事件が起こっている。輸入食品から基準越えの農薬が検出されたことは記憶に新しい。そのときはこれほどヒステリックにはなっていなかったように思う。該当品を回収し、基準越えの品物がこれ以上流通しないような措置を淡々と取ったはずである。今回も同様の措置をとっているわけだが、かなりヒステリックに思える。経済的な影響の大きさは、今回は莫大ではあるが、経済的影響と人の健康を切り離して考えると、食品に関する今回の騒ぎは少々滑稽にすら見える。

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