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2011年晩夏長崎GT(10)

2011年 09月29日 20:04 (木)


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 目覚めると。空は見事に鉛色である。心は決まった。とりあえず高速道路で東に向かおう。天気が良ければ、途中寄り道して、気が向いたら宿泊すればよい。しかし、結果としては天候が今ひとつ。晴れてることを実感できたのは大阪近辺になってからだったので、そのまま帰宅することにした。そんなわけで、この日はひたすら高速道路走行。写真も撮っていないという超手抜き。いつも帰り道って写真撮らないんだよなぁ。

 とりあえず、多久ICから高速に乗ることにして、適当に走る。休日の朝のせいか、どの道も空いていて比較的快適に走ることができた。高速道路に乗ると雨はあがり、路面も乾いてきた。しかし、景色を楽しむにはほど遠い状態である。さらに東へ進むしかないか。

 関門橋を渡り、本州へ再び戻ってきた。大阪までは500km以上あるので、お昼ご飯は高速道路上となる。行きの教訓があるので、とりあえず山陽道へ進み、まずは昼食の調達をしよう。山口JCTで山陽道へ。様子を見て、調子が良ければそのまま山陽道を走っても良い。中国道へ戻るとすれば広島JCTだ。最後のSAは結果的には宮島SAだったのだけど、位置関係がよくわからず、一つ前の下松SAに立ち寄った。たぶん、宮島SAの方が品揃えが良かったと思う。でも、下松SAもとりあえずは充実していた。神戸屋が出店していて、私の好きな明太フランスがあったので、昼ご飯はパンに決定。もう一つはフレンチトーストにしたのだけど、こっちはちょっと失敗だったか。

 山陽道は少し走って、大型車の多さに閉口した。なので、すぐに中国道へ戻ることを決意したのであった。しょうがないこととは言え、80km/hで走る大型車を82km/hで別の大型車が追い越すのだから、何度ブレーキを強要されたかわからない。同じ80km/hなら、中国道の方がよっぽどいい。

 これ幸いとばかり、広島JCTから中国道へ向かう。一緒に中国道へ向かった車は意外にいたけど、ほとんどが浜田道へ行くようだった。やはり中国道を通して走ろうと考える人は少ないようだ。中国道は山陰へ向かう人専用の感すらある。山陰方面に連絡している各JCTでは流出する車、あるいは流入してくる車が多い。

 あまり飛ばすといろいろな面で危ないので、オートクルーズ走行を基本とした。途中、ランエボが遊んでくれたので、かなり距離が稼げたのも事実。べ、別に煽ったりしてないんだからネッ。←なんでツンデレ??大佐SAでランエボと分かれてランチタイム。飲み物くらいあるだろうと売店を覗くと、蒜山高原カフェオレなるものがあった。これはラッキー。

 渋滞の名所宝塚トンネル通過が15時くらい。電光掲示板には渋滞2kmとあったが、流れは悪くなったものの渋滞とまではいかなかった。大阪からの名神高速はかなり車が多く、名古屋付近では渋滞もあるという。どうしようか迷ったが、米原JCTで北陸道方面へステアリングを切る。100kmほど遠回りになるようで、ナビは必死に戻るよう案内していた。

 石川県を過ぎたところで、最後の給油と休憩を兼ねて小矢部川SAへ。何の気なしにレストランを覗くと富山づくしというメニューがあったので、ちょっと早いけど夕食にした。季節感もなく、富山の名物を並べればいいってものでも・・・まあいいか。SLKも運転手もお腹が一杯になり、あとはひたすら走るのみ。名立谷浜SA先で、車数台のひどい事故に遭遇した。車種が確認できたのはガイアだけで、それも前1/3がなくなっていた。後の情報によると、自損事故を起こして本線上に止まっていた乗用車に観光バスが追突したらしい。大破していたけど、乗用車の運転手は車外にいて無事だったらしいのが幸いだ。バス絡みの事故ってここ最近急激に増えたように思うが、気のせいだろうか。

 その事故でも渋滞までには至らず(電光掲示板は渋滞表示)、関越道にはいるとハイペースで走るBMW5シリ(だったはず)に先導してもらい21:30に帰宅。今回は屋根を閉めての走行がほとんどだった。やはり風を浴びての走行は体力を使うのだろう、クローズで1400kmを走ってもそれほどの疲れは感じなかった。

本日の走行:1412km、燃費:12.0km/L

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テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

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